ふんわり放牧

個人の日記です

岡山行った

出張で岡山に行った.えらい先生たちといろいろ話した. とても素晴らしい出来事が多すぎて,ここには書けない.

これは倉敷にある自動販売機コーナーです.

自動販売機コーナー

これは岡山市内にある名物中の名物です.

名物中の名物

これは新幹線で買うことができるアイスクリームです.

スジャータ ICE CREAMBelgian Chocolate

行きの新幹線では東京からは営業のお姉さま2名の横,名古屋からは未就学児2名を連れた母親の横になったが, 母親はうるさくしていることをとても申し訳なさそうにしていた. 処世術としては正しそうな気もしているのだが,そこまで申し訳なさそうにしなくてもいいのに,とも思った.

関東から岡山までは早割のようなものがあって,3日前までなら安く新幹線が取れる. そのおかげで予定の変更ができない. 帰りの新幹線まで時間があったので,土曜日の昼から友人と会って飲酒をしていた*1

酒工房 独歩館という,独歩ビールで有名なところ.

とてもいいところだったので,岡山に行ったときは皆さん行ってください.

友人とも飲酒をしながらかなり話した. 普段はふざけている感じで話しているのだけれど, 友人が突然仕事の話をしたときに,語りのなかに仕事に対する誠実さのようなものを感じて,とてもいいなと思った.

*1:(社内向け)ところで私は会社のPCを持っていませんでした.さてどうやって発表したのでしょうか.(ヒント: 会場にはWi-Fiが飛んでいました)

会社辞めてない

ある金曜日の夜,突然発作のように職場が嫌になってしまった. 普段の私は嫌なことは寝たら忘れるのだが,インターネットをしながら,洗濯物を干しながら,音楽を聞きながら,どうも苛立ちが去来してきて, 結局その週末はその苛立ちから逃れることができなかった.

私は公言していないものも含めて,いくつか会社を辞めるための条件を持っていて, 今回の出来事はその条件の一つをうまく捉えてしまい,その後の条件がうまくハマれば(自分ルールにより)即座に会社を辞めることになっていた. 幸か不幸か,その後の条件はうまくハマらず即座に辞める必要はなくなったのだが, 長く続いた苛立ちを経ると「そろそろ潮時かな」という気持ちは自分の中に残っている.

上昇志向を持つ人のように「人生を成功させたい」とか,よく稼ぐ人のように「無茶苦茶金儲けをしたい」とか, あるいは業績を稼ぐ人のように「出世したい」とか......,私にはそのような強い欲はなく, そしてそのようなことを言う人たちを過度に妬む状況にはなっていない. また「家族を養わないといけない」「介護の不安が」「住宅ローンが」というようなプレッシャーからは逃げているので, まぁなんとでもなるといえばそうだと思う.

もちろん「辞めたいから辞める.あとはどこかに行けるだろう」なんてことが言えるほどの腕はあるつもりはない. 職場にはポジティブなポイントもいくつもあるので,そこと天秤をかけることは当然したほうがいいだろう. 今の状態から損益を考えずに退職することは,あとで後悔するんじゃないかな,と思った.

苛立ちが続きすぎると本業にも影響が出ると感じたので,上司を呼び出して話をした.忙しい中ありがたい. 苛立ちの原因になった出来事については,上司のレベルで緩和してくれるところは緩和してくれる約束?を取り付ける. ただ,「どうにもならないこともあるよね〜」,なんて話もする.それなりに在籍期間は長くなっているので,「まぁ,わかる」. そういう話を上司としながら,かつての同僚が言っていた退職理由の意味がわかる瞬間というのがあった. 「あぁ,君はこういうことに絶望していたのね」と.

また,上司だけではなく,上司の上司にも同じように話をする. たまたまエレベーターで一緒になったので,その話をして少し雑談をしたり. 辞めると宣言しているわけではないから,もちろん引き止めなんてものはないが, ただ話を聞いてくれるし,上司から見えることを話してくれる. 職場の上司とそれなりに話ができること,これは今の私が恵まれているポイントの一つだと思う.

職場内のネットワークでは「辞める」という文字列は打たないように気をつけていたけれど, ここまでインターネットで騒いでいると,アカウントを知っている同僚や友人たちが「何事か」と声をかけてくれた. 今の私にはありがたいアドバイスもあれば,今の私には無駄としか思えないアドバイスもあって,人それぞれで面白い. いろいろな考えがあるが,同僚に関しては,同質の人たちが集まっていると感じる部分もあって,またそれも興味深い. いろいろな人と話しても,自分の出来事なので,責任を取ることは自分しか出来ないと思う.

話を聞いてくれた同僚が「そういえば,結局会社辞めるの?」とまた聞いてきたので, 今のところの考えをおいておこうと思う.

こんなことを1週間程度考えながらも,頭の別のところを使って, 自社のビジネスがどうやったらうまくいくかのあれこれをしたり, 自分の社内における中長期的なキャリアについて考えたりしてて, 「なんだ,このレベルでは並行処理できんじゃん,俺」なんて思ったりもした. 不満もあるが,一方で私がここで達成しなければいけないことは,やっぱりあるんだと思っている.

沖縄行った

大学院のときの同期が沖縄にいるのだけれど,そろそろ沖縄を離れるかもしれないと思ったので沖縄に行った. 交通手段は公共交通機関のみ.

1日目の土曜日はモノレールに乗り,那覇観光をした.

市役所

市役所前のブルーシールでアイスを食べた.

ビー飲んでル

国際通りを歩いて,市場を歩き,クラフトビールの店に行った.

ホテルまでバスに乗り,恩納村にあるホテルに移動した.

Instagram post by Hayato Nishimura • Oct 10, 2019 at 5:09pm UTC

2日目午前中は恩納村のホテルでダラダラ過ごした.

昼頃から行動を開始.ファミリーマートで買った泡盛コーヒーも飲んだ.

友人と合流して,地元のスーパーや大学,あとはアメリカンビレッジで夕食を食べた.様々な話をした. 夕食後,友人のパートナーと合流し,ドライバー以外酒盛りをしながら車に乗り込み,滞在先*1のホテルまで送ってもらった.ありがたい限り.

3日目は美ら海水族館に行った.広い. 備瀬のフクギ並木というところまで歩いて移動したり,近くのカフェで飲酒をしたりした.

ビー飲んでル

那覇まで戻り,国際通りでお土産を買ったり,沖縄そばを食べたりして帰った.

また行きたい.

青森行った

家族旅行で行った.実は私には家族がいます.

3日間.十和田市現代美術館青森県立美術館を巡る旅でした.

これは十和田市現代美術館でみた顔

これは青い森鉄道

やあ

なぜかコースワークの課題のレポートが終わっておらず,一日目の宿で飲酒をせずにレポートを書いて提出していたりしたが, 結果的に単位は出たので良かったと思う.それでいいのか.

十和田市現代美術館では AKI INOMATA の企画展をしていた.一度は見たかったが,一度見たらいいなと思ってしまった. ハンス・オプ・デ・ビークのロケーション (5)がマイベストでした.

どちらの美術館でも奈良美智を扱っていたが,青森県立美術館奈良美智のコレクションは質量ともによかった気がする.

また行きたいですね.

開発項目・タスクリストについて

id:hitode909 が以下のようなエントリを書いていた.

blog.sushi.money

プランナが画面一覧をもとに作ってくれた開発項目のリストと、エンジニアがボトムアップに必要そうなことを出していったリストがぜんぜん違う内容になっている、ということがあった。結果的にできるものは同じことが期待されているけど、一つの出来事に対して、言い回しが違うものが2種類ずつ用意されている。

この時点で差異があるのはいいのか、悪いのか、どちらかでいいのか、どちらも必要なのか、一つのリストにマージすべきなのかそうでないのか考えていた。

手練の実務家にコメントするのは気が引けるのだが,何かの足しにはなるだろうと思うので「俺はこう思ったっす」みたいな話を書きます. 特に「一つのリストにマージすべきなのか」について.

ソフトウェア工学の分野では「関心事の分離」とか「分割統治」とか言われるけど, 上記エントリに記載されているそれぞれのリストについては, プランナの作成した開発項目のリストは「要件定義」とか「画面設計」でカバーする領域に見えるし, エンジニアがボトムアップに必要そうなことを出していったリストは,「機能設計」とか「内部設計」とかでカバーする領域に見える. ここでは「どういう開発プロセスがいいか」みたいな話や「タスクはどういう粒度がいいか」みたいな話, はたまた「いつまで設計やってるんや」みたいな話がしたいんじゃなくて, あることを考えてるときに,別の抽象度のことを考えることがいいのか,いや良くないんじゃないの?と思ったということを伝えたい!!! いや,考えているのは別なので,読むときに粒度がごっちゃになるのが嬉しくないのかな.

仕事で開発プロセスについてあーだこーだ言ったことはないので,もはや素人のコメントなんだけれど, 1つのプロダクト開発において,複数の開発プロセスを試しにやってみましょうみたいなトレーニン*1を受けると, どのプロセスにおいても,それぞれ工程ががわかれていて,やることが決まっており, ある工程では,別の工程の関心事には手を出さないことを強く言われる. そのトレーニングで学んだプロセスはどれも「コードよりもドキュメント」という雰囲気のものだったから, 逆の場合はもしかしたら違うのかも知れない.あるいは越境してもうまくドライビングできたりするのかも.

ドキュメントじゃなくても,あるものを「モデリング」するという行為において, いきなり別の粒度のものを混ぜるってことは不思議な気がする. 例えばGoogle Mapsアメリカの全体の地図を見ていて,州の名前の表示が書かれている中に, 名前も聞いたことないような村の名前が表示されているとか. その村が特別有名だったり,次行くところだったら嬉しいけど,そうじゃないなら表示されないでほしいと思う.

関連して「Google社内で見ないものの一つにUMLがありますね」みたいな記述をWebで読んだことがあるけど, Googleに勤務する高出力パーソンたちは,このあたりの切り分けや抽象化がうまいのかもね,みたいな感想を持ってる.

上記はプロダクトとその機能にフォーカスがあたっているものの話だけと思うけど, 人がやるということにフォーカスを当てるというのは,ある人数までのチームにおいてはそれなりに成功しているアプローチと感じている. ソフトウェア開発のカンバンとかでは,「一つの粒度はn時間でできること(nは適当)」みたいな制限をかけることが良しとされているような気がするけど, プランナのリストは「n時間でできること」という観点で切られてなさそう.そういう意味では実際にやることに落とし込む必要があると思う. あと, リストの各項目について,関わる全員が理解し得る記述になっているのか,みたいなのは気にしたほうがいいのかな,とも思う. 抽象度の異なる2つのリストがあったとして,ある人はどちらかの記述は意味がわかるけれど,もう片方はわかんないという状況は, プロジェクトとしてうまくない気もする.意味がわかんない項目があるリストは,その人が見るべきでなかったリストなのかもしれない,とか思う.これが境界づけられたコンテキストってやつだろうか. でも,現実世界のものごとってそんなにうまく抽象化できうるんですかね.わかんないです.

*1:オブジェクト指向分析設計とかオブジェクト指向開発方法論とか