久々に同業者の交流会に参加した。お土産として酒を求められていた気配を感じたため、ビックカメラ赤坂見附駅店の1Fにある酒屋コーナーに行きグレンリベットというウイスキーを購入。以前、元同僚氏と飲んだ記憶がある。今回買ったのは一番若く安いものなので、お土産としては適切な感じであろうと思った。
同業者たちの話題の一つに「御社のリモート状況は?」があった。フルリモートの方、週・月n出社の方、フル出社の方などそれぞれの回答。CxOクラスの方もいて、そちらはそちらで悩まれてそうな気配を感じた。今の自分は出社が悪だとは思わないけれど、なんか出社を求められている方々には「可哀想に...」となる雰囲気を感じた。
自分が新卒で入った会社は最初はリモートの気配すらなかったが、2020年以前より地方移住の文脈で「ある特定の地域に移住するならリモート可能」というルールが誕生し、そして2020年春にフルリモートとなり、オフィス通勤が不要のまま退職することができた*1。ただ、今でも思い出すのは出勤していたときの風景である。
「徒歩通勤は年収n00万円の価値がある」と思っていたのが当時の私で、実際新卒数年目の社員のn00万円は決して安いものではなかったのだけれど、今でもその価値があったなぁと思う。
10分程度の通勤時間ではあったのだけれど、玉川上水を横目で見る。春になると藤棚があるお店があってまた春が来たと思ったり、同僚と話しながら通勤することもあったし、遅刻しそうなときはバスに乗ったりもした。
満員電車に乗る必要がなく、そしてすれ違う人をかき分ける必要もない*2ので、知らない他人のことを考える頭のリソースが割かれなくて済んでいた。電車が遅延しているとかそんなことを考える必要もない。会議1本以上の難しさが関東の通勤電車にはあると思う。往復でそのコストを無給で払っていることを考えれば、年収n00万円と言ってた自分はそこまでズレてないなと思ってみたり。
さらに徒歩ということで思い出すのは小学生の時の体験で、我が小学校においては集団登校というものが毎日実施されていた。決まった時間に同じグループの人と集まって行くのだけれど、イメージしてほしいのは「マス目のように町並みがあり、ドラえもんの公園に集合!」ではなくて、「毛細血管のように道が分かれて、その間に集落がある」。私は末端の家に住んでいた。したがって、一番早い時間に出発しなければならないというもの。こう、どんどん人の列がマージされていくんですね。途中にはチェックポイントもある。
しかし、集団登校なのに置いていかれていた記憶のほうが強い。当時の私は考え事をしながら歩いていた。もちろんお友達と話をしながらというのもあったのかもしれないが、その話の内容よりも、一つの石をずっと蹴ってみたり、自分の作った妄想を展開させてみたり、動物の死骸を発見したり、道端の花の蜜を吸ったり。川に烏骨鶏がいて、それを拾って小学校で飼うという出来事もあったな。なんで飼えたんだろ。
考え事をするとゆっくり歩くことになるし、それでよく班長的な人から怒られていた気がする。
話を戻す。
コロナがあってフルリモートとなり、そして最後期には2週間に1回出社していた前職の出社にまつわるエピソードは実はほとんどないのだけれど、現職では週2出社であることからオフィス近辺でのランチを楽しむという暮らしである。ついこの間までは早稲田・神楽坂に通勤していたのでそれぞれの駅周辺の雰囲気を楽しんでいた。でもそれは出勤の楽しみというよりは、食に向いた楽しみであったと思う。
今は銀座線や丸ノ内線のことを思うと、なんで南武線は同じ6両編成なんだと思うし、それは通勤などで銀座線や丸ノ内線に頻繁に乗るようになったからで、たまに乗るくらいでは全然ピンとこなかったんだろうなと思う。世界が広がったというより、比較して言語化できるようになったというのが近いかもしれない。
今のオフィスの目の前にはアパホテルの本社があるんだけれど、今日、アパ社長を見かけて、めっちゃ興奮した。今年の10大ニュースの一つになるかもしれない。そんなことを同僚に話したら「私も先月見かけましたよ」みたいなことを言われる。なんで教えてくれなかったんだ!
また日比谷高校という優秀な人が集まる高校があるらしいのだけれど、夏休み期間中にはすれ違うことが多くて「日比谷高校にもギャルっているんだ......」ってインターネットに書いたりした。これは職場では話していません。
「出社で仕事としてできること・できないこと」に目が向きがちだし、それはオフィスワーカーとしては当然気にするポイントなんだろうけれど。
たとえば「このビルに勤務している人は特典としてxxx」と低層階の商業施設の特典のことを知ったり、100g何円の社食でもいいし、近くのオフィスビルの美術の彫刻だったりとか、アパ社長とか、工事中の建物から流れてくる風が意外とひんやりしてたことに驚いたり、路線によって訪日外国人が多かったり少なかったり、また降りる駅がどこか当てたりするとか、(オフィスである)工場は公園のようにすべしという言葉とか。
労働に至るまでの手触り感というか、みんなで同じものを見ていることの気持ちよさと、結果的に同じものを見てしまっていることに対して抗う気持ち、自分だけの体験として成立させることの大切さを思う。
もちろん「週n出社」という条件は、今後も気にしていくのだけれどね。ただその言葉に落とすとあまりにも簡素化されてしまっている気もしたんだよな。
あとはそういう手触り感は、都内だと不動産デベロッパーによってお膳立てされてるのは良し悪しあると思いました!!!!思ってます!!!!