ふんわり放牧

個人の日記です

三浦半島.rb #10 参加した

2026年9月26日(土)に横須賀市の横須賀市産業交流プラザで開催された三浦半島.rbに参加した。

miurahantorb.connpass.com

プログラミング言語Rubyのコミュニティで地域rbと呼ばれるもので、そのエリアにゆかりのある人たちがいらっしゃる会で、 主催の id:kiryuanzu との縁で今回参加した。

土曜開催、昼過ぎからというちょうどいい時間。汐入駅の駅前にある施設に到着。 会議室の場所をふらふらしながら確認するとちょうど開始時間くらいであった。

あんずさんの開催案内があり、自己紹介タイム。 今日はもくもく会のようなものだった。

私は技術書を読もうかなと思って仕込んでいたが、 DHHという方の動画が流れていたので、そちらを観ていた*1。

www.youtube.com

結構、刺激的な内容でしたね。

ここ3ヶ月くらいでもAIを使ったコーディングはかなり変わってる印象がある。 何が変わったというと難しいんだけれど、段取りをしなくてもそれなりに酌んでくれる感じがある。

その後、懇親会に参加。飲酒というより食事をした。

温かみのあるコミュニティであったなと思う。 「また参加したい!」と気軽に言いづらい距離感ではあるのだけれど、それでもまた参加することになりそうな気もしている。 それより地元を大切にしましょう*2、それはそう。

皆さん、お疲れ様でした。

*1:いわゆる内職的なことができないので

*2:ここ数ヶ月ご無沙汰なのです

東京ゲームショウ2026に行った

チケットをもらったので行ってきた。

内容についてはメディアの情報を見ればよろしいので、そちらを参照のこと。

幕張メッセに行くのは初めてではないのだけれど、いわゆる展示会でこのエリアに入ったのは初めてかもしれない。 物販・インディーズが中心のフロアと、いわゆる大手/AAAタイトルとよばれるようなものが集まるフロアがざっくり分かれていて、 前者から入場したのは体験としてかなり良かった。どちらも同じ業界であるが、違うエンタメをやってるように私には見えていて、受ける印象も異なるものだったので。

物販でグッズになるようなゲームは知っていて、ゲームをする人になったんだなと思う。ただし途中で投げ出して、クリアまでできてないものを思い出す時間でもあったが。

AAAタイトルについて、試遊をするために整理券が必要らしい*1のだが、どうせビッグタイトルは皆さん入手することになるんだから、今ここで並んでまで遊ばなくてもいいのでは......と思ったものの、 ファンだったら早く触りたいんだという話を同行者から説明を受ける。いろんな娯楽がある中で、中途半端なものを触りたいという気持ちはないのだけれど、ファン心理であるならば「なるほどそういうものか」と納得する。もっともメディア関係者であれば伝達するモチベーションがあるから、触りたくなるか。

ビデオゲームについては、インタラクティブなメディアとして、手触りの良さやアイディアに対して気持ちがあって、 そうでなければ別の娯楽でもよろしいのでは?と思っているところがある*2。 そういう意味ではゲームデザイナーズ大賞が終わりになってしまったのは、大変残念であり、この時期の楽しみが一つなくなってしまったなという喪失感がある。

news.denfaminicogamer.jp

帰りは幕張豊砂のイオンまで歩き、これがとても広いイオンモールですよという説明をしてあげた。千葉の観光地の紹介ができてよかった。 喫茶店でいろいろ感想戦をして解散。お疲れ様でした。

*1:2日目の午後からゆったり入場したのでほぼ売り切れていた

*2:もっとも他の娯楽ジャンルに対してもファンのような気持ちを持つことはあまりない

京都の学生さん

先日、関西に縁がある人たちと話していたのだけれど、「京都の学生のような」という比喩を使ったところ結構ネガティブに受け取られてしまって驚いたという経験をした。

様々な社会問題があるなかで、自分自身は各々が注力できるトピックに対して関心を持つということを良しとしているところがある。 一方でその社会問題自体を論じるということも、できはするけれどあまり興味がないな、最近はもう少しプラクティカルな方に寄ってるなという気持ちがあり、 「京都の学生のようなスタンスは今は取ってないんですよね」みたいなことを言ったところ、結構ネガティブめに受け取られてしまったようだった。

今はどうかわからないけれど、私の肌感覚としては、 大学生という諸々の体力がありあまる状態、中央との距離であったり街の持つ力、学問に寄りすぎているところ、新しいトピックを知ること、京都にいる"悪い大人"との交流なども含めて、 あれはいいものであったなという気持ちを抱えている。 今でも多くの人にとって知的体力を鍛えるためには大切なものごとが行われてると思いたいのだけれど、 先にあの街で学生時代を過ごした人たちが残したものと同じように、通り過ぎた青春みたいなもので、 いつまでも同じ態度ではいけないなぁという感覚もある。

話を聞いてみると、大学生という属性に対して結構ネガティブめな印象を持っているようで、それはそもそもあなたの認識の問題では.....と思ってしまった。

出社、それはそれとして

久々に同業者の交流会に参加した。お土産として酒を求められていた気配を感じたため、ビックカメラ赤坂見附駅店の1Fにある酒屋コーナーに行きグレンリベットというウイスキーを購入。以前、元同僚氏と飲んだ記憶がある。今回買ったのは一番若く安いものなので、お土産としては適切な感じであろうと思った。

同業者たちの話題の一つに「御社のリモート状況は?」があった。フルリモートの方、週・月n出社の方、フル出社の方などそれぞれの回答。CxOクラスの方もいて、そちらはそちらで悩まれてそうな気配を感じた。今の自分は出社が悪だとは思わないけれど、なんか出社を求められている方々には「可哀想に...」となる雰囲気を感じた。

自分が新卒で入った会社は最初はリモートの気配すらなかったが、2020年以前より地方移住の文脈で「ある特定の地域に移住するならリモート可能」というルールが誕生し、そして2020年春にフルリモートとなり、オフィス通勤が不要のまま退職することができた*1。ただ、今でも思い出すのは出勤していたときの風景である。

「徒歩通勤は年収n00万円の価値がある」と思っていたのが当時の私で、実際新卒数年目の社員のn00万円は決して安いものではなかったのだけれど、今でもその価値があったなぁと思う。 10分程度の通勤時間ではあったのだけれど、玉川上水を横目で見る。春になると藤棚があるお店があってまた春が来たと思ったり、同僚と話しながら通勤することもあったし、遅刻しそうなときはバスに乗ったりもした。 満員電車に乗る必要がなく、そしてすれ違う人をかき分ける必要もない*2ので、知らない他人のことを考える頭のリソースが割かれなくて済んでいた。電車が遅延しているとかそんなことを考える必要もない。会議1本以上の難しさが関東の通勤電車にはあると思う。往復でそのコストを無給で払っていることを考えれば、年収n00万円と言ってた自分はそこまでズレてないなと思ってみたり。

さらに徒歩ということで思い出すのは小学生の時の体験で、我が小学校においては集団登校というものが毎日実施されていた。決まった時間に同じグループの人と集まって行くのだけれど、イメージしてほしいのは「マス目のように町並みがあり、ドラえもんの公園に集合!」ではなくて、「毛細血管のように道が分かれて、その間に集落がある」。私は末端の家に住んでいた。したがって、一番早い時間に出発しなければならないというもの。こう、どんどん人の列がマージされていくんですね。途中にはチェックポイントもある。 しかし、集団登校なのに置いていかれていた記憶のほうが強い。当時の私は考え事をしながら歩いていた。もちろんお友達と話をしながらというのもあったのかもしれないが、その話の内容よりも、一つの石をずっと蹴ってみたり、自分の作った妄想を展開させてみたり、動物の死骸を発見したり、道端の花の蜜を吸ったり。川に烏骨鶏がいて、それを拾って小学校で飼うという出来事もあったな。なんで飼えたんだろ。 考え事をするとゆっくり歩くことになるし、それでよく班長的な人から怒られていた気がする。

話を戻す。 コロナがあってフルリモートとなり、そして最後期には2週間に1回出社していた前職の出社にまつわるエピソードは実はほとんどないのだけれど、現職では週2出社であることからオフィス近辺でのランチを楽しむという暮らしである。ついこの間までは早稲田・神楽坂に通勤していたのでそれぞれの駅周辺の雰囲気を楽しんでいた。でもそれは出勤の楽しみというよりは、食に向いた楽しみであったと思う。

今は銀座線や丸ノ内線のことを思うと、なんで南武線は同じ6両編成なんだと思うし、それは通勤などで銀座線や丸ノ内線に頻繁に乗るようになったからで、たまに乗るくらいでは全然ピンとこなかったんだろうなと思う。世界が広がったというより、比較して言語化できるようになったというのが近いかもしれない。 今のオフィスの目の前にはアパホテルの本社があるんだけれど、今日、アパ社長を見かけて、めっちゃ興奮した。今年の10大ニュースの一つになるかもしれない。そんなことを同僚に話したら「私も先月見かけましたよ」みたいなことを言われる。なんで教えてくれなかったんだ! また日比谷高校という優秀な人が集まる高校があるらしいのだけれど、夏休み期間中にはすれ違うことが多くて「日比谷高校にもギャルっているんだ......」ってインターネットに書いたりした。これは職場では話していません。

「出社で仕事としてできること・できないこと」に目が向きがちだし、それはオフィスワーカーとしては当然気にするポイントなんだろうけれど。 たとえば「このビルに勤務している人は特典としてxxx」と低層階の商業施設の特典のことを知ったり、100g何円の社食でもいいし、近くのオフィスビルの美術の彫刻だったりとか、アパ社長とか、工事中の建物から流れてくる風が意外とひんやりしてたことに驚いたり、路線によって訪日外国人が多かったり少なかったり、また降りる駅がどこか当てたりするとか、(オフィスである)工場は公園のようにすべしという言葉とか。 労働に至るまでの手触り感というか、みんなで同じものを見ていることの気持ちよさと、結果的に同じものを見てしまっていることに対して抗う気持ち、自分だけの体験として成立させることの大切さを思う。

もちろん「週n出社」という条件は、今後も気にしていくのだけれどね。ただその言葉に落とすとあまりにも簡素化されてしまっている気もしたんだよな。 あとはそういう手触り感は、都内だと不動産デベロッパーによってお膳立てされてるのは良し悪しあると思いました!!!!思ってます!!!!

*1:厳密には労働組合の離脱届の紙の提出を求められた記憶がある、そのために出社した。ここに書いてるかもしれないが

*2:ほとんどが駅の方を向かう人だからね、そして職場は駅前にあった

カンファレンスの打ち上げ

主催したカンファレンスの打ち上げをした。参加者は最初に集まったコアメンバー*1。 会場は最初期に集まった飲み屋である、ここはいい店だ。

開催してから2ヶ月くらい経つのか、としみじみしていた。 打ち上げと言いつつ、このイベント自体について振り返ることはほとんどなくて*2、各々がメンバーとして関わっている次のカンファレンスの話をしていた。 「我々として、次をどうするか」という話は一切していないし、たぶん誰も次のことは考えていない。

日々の暮らしを破滅させずに数名のコアメンバーの事前準備と、加えて当日スタッフの協力や練度の高い参加者、そして希望する会場を抑えることのできるなどもろもろの運のお陰で、無事開催ができたと思う。 「これくらいの規模感のイベントは、迂闊にやればいいんじゃないの。コスパいいじゃん」と思うし、 100名未満・10名以上くらいの場を作ることは豊かさに繋がると思うんだよな。

*1:体調不良で欠席者あり

*2:10分未満だったと思う

人間の気持ち悪さについて

友人らと飲酒をしながら気持ち悪さについて話した。

若いうちはわかりやすくて、若さで人間の動物的なものがマスクされているが、 年を取ってしまうとそれをそのままにしておくと、社会で生活をしていくうえではノイズになってしまう。 私にはちょうど30代40代の成人男性がちょうどよく気持ち悪く思える、それ以降はそうでもないのでは、と話したところ、 一人に「いや、それ以降も気持ち悪いですよ」と言われる。そうか......。

その他、欲望をそのままさらけ出すことの難しさなどにも話が至った。

吉野家の店内では木村拓哉が牛丼屋に入っていく動画が流れていた。芸能の方だから当然気持ち悪いというイメージは一切なく、ドラマで活躍していてかつ私が観ていた20年前のイメージとそのままである。逆に怖いなと思った。

大したことないじゃんと思いこむ

今週、社内で10分くらいの発表をした。 それで、本日とある同僚が同じ会で発表するために準備をしていたのだけれども、 隣の席の人に、「西村さんやCTOのような発表はできないから」みたいなことを言ってたので、 目ざとく見つけて「いや、そんなことはないからね」と思わず言った。

実際のところ、すべての発表は尊いと思っているが、 一方で「自分にもできそうじゃん」って思ってみるというのは結構重要と思う。 「自分にもできそう」というのに至るにはいろいろあるのだが、 質問する気で人の話を聞いてみると、意外と粗が見つかったり、論理の飛躍があったりするもので。 「そんなもんでいいんだ」と「こいつはすげぇや」を行ったり来たりする。

実際、現職では技術発表は一回したかしてないかくらいだし、 自分では大したことないなって思いながら、発表してたりする。 毎度ちょっとしたチャレンジは入れ込んでるから120%手癖で発表はしてないけれど、まぁ70%くらいはこれまでの経験でなんとかしてそう。

まぁ、あとは場数だと思う。 場数に関してもエピソードがあるのだけれど、これは私に直接聞いてください。

実際、その同僚の発表はかなり面白かったし、 軽やかに話をされていて、それもまたスタイルだと思った。