学部時代の指導教員の最終講義に参加するために小旅行をした。
滋賀にキャンパスのある大学・学部に通っていたのだけれど、学部移転で大阪にキャンパスのある大学になってしまった。 関東からの行きやすさでいけばどちらも変わらない気がするが、 滋賀のキャンパスは琵琶湖の名前をキャンパス名に持ちつつも琵琶湖沿いではなく、JR駅から少しだけバスに乗らなくてはいけない。 新しいキャンパスはJR駅から徒歩で行けるのでとても便利そう。
開催については同窓会のMLでアナウンスされていて、その案内は一週間前くらいに来ていた。 受け取った時「なるほど、そのようなご年齢でしたか」となりつつ「そろそろではないかな」とたまに思い出していたため、これもなにかの縁であろうと「行くか」となった。 新しいキャンパスは大阪モノレールの沿線でもあるので、行きは飛行機、その後の流れはよくわからなかったので新幹線で帰るつもりで行動。
通勤時間ラッシュ後の電車に乗り空港につく、そして飛行機に乗る。 伊丹からモノレールで一本で大学の最寄りにつくので本当に便利。
今回、学部の中でご退職されるのは2名。もう片方の先生も授業を受けたことがある気がする...?くらいの認知。学科は違っていたので専門の講義ではない。 この2名が今回の最終講義をするという感じみたい。会自体は2時間+くらい。
ちなみに大学院のときの指導教員は既に大学は退職されており、その時の最終講義はコロナ禍で外部の人は入れなかったと聞いている。 その代わりとして学会の基調講演やら、OB/OGの会で代替の発表をしていたので、一応私も見ているという感じだが、 大学内部での開催は今回が初めてなので、勝手がわからない。 花でも持っていくべきなのか、そもそも卒業生はどれだけ参加するのか。 私は途中で別の大学院に行ってしまったので、Mの人たちがなんかしてたりするんかな?と思ったり。
結果から言うと、参加者はほぼ教員。自分の研究室由来の知り合いは誰も参加していなかった。 大学院のときの後輩がここで教員をしていて、そこで少しだけご挨拶。挨拶したタイミングでは相手は覚えていなかったようだったが、あとで思い出してもらえたらしい。 グループワークが効果的にできるような講義室*1。 1列目は教壇よりも下にあるため「ここで講義したら絶対落ちる」と教員たちが冗談を言っていた。
1人目の先生は研究内容を振り返りつつ教育について話されていた。 関西人らしいツッコミポイントを用意しているのもよくて、あまり良く知らない先生の話ではありつつも、飽きずに聞けた。
2人目である自分の指導教員の発表は、とても懐かしい気持ちで聞けていた。主にボヤキがよい。 ここにいる先生方には、この内容は伝わらないのでは......?みたいなドメインに寄った/専門的な話題もあったのだけれど、 そこでツッコむのは野暮だろうなと思ったし、好き勝手できる場ではあるのだからその最後の姿を見せてもらったというのが近い。 癖の強さでいけば私に負けず劣らず大概だなと思うが、10年以上前の自分が指導してもらったり他の人の指導をしている様子を思い出した。 当時、こういう癖が面白そうだと思って、卒業後は違う大学院にいくつもりでもあえて所属したし、 科学に対する取り組みというか、実験に対するテイストのようなものは、確実に影響を受けているという感じ。 そして、自分はここを超えていくべきだなという感覚もある。
記念撮影後に、少しだけ雑談。 退職をした話をお伝えしたら、転職ばっかり繰り返すんじゃないよみたいな感じで釘を差される。 このあたりはメーカー出身でその後大きな大学で教員をされてるからこそ出てくる意見だなと思ってニコニコしながら聞いていた。 就職についての話も当時やたらしてくれてた気がする。
講義を通じて感じたのは、やはり私立大学というのは、お客様たる学生さんと修士*2までという期限の中でどれだけ一緒に走りきれるかというところであろうし、 教育活動としては「(いい意味で)なんでうちの大学にいるの?」レベルから「ちゃんと授業取ってた?」レベルの方々までの学生さんを、「卒業研究」という形でいい感じにしていくところであろうと思う。 自分は学部・修士ともにどちらも駄目だった自覚があるものの、あとで「あれはこういうことだったのか」と自覚できているところで、一旦教育としては失敗ではないなと思っているのだが*3、 そういう営みを支えていた教員たちの想いみたいなものが聞けて良かったなと思う。 こういうところで出てくる言葉こそ面白かったりするのである。
そのまま帰る。滞在時間は4時間程度であるが、充実の会であった。京都で新幹線に乗る。
ちょうど夕食時ではあったため東京駅の雷でラーメンを食べる。
約40年間お疲れ様でした。