ふんわり放牧

個人の日記です

「技術は手段だから」と言わない

「技術は手段だから」と言わないようにしているし、このような発言を意識的に嫌っている。

私と交流がある人からすると「それをお前が言うのか」と言われそう。 技術者として生活はしているが、技術力も並かそれ未満。たまたま運よく生き延びているという方が正しい。 以前に(研究者の)廃業エントリーを書いたが、また廃業エントリーを書かなくてはいけないのではと思うくらい世の中についていけてない気がする。

ただ、技術者としてファーストキャリアを選択した段階で、「技術にはこだわれ」と強く指導していただいたし、 自分の成果を人に伝えるときも、もっと効率のいい成果がたとえあったとしてもあえてそれを無視して、 技術力が発揮されている些細なものを提示するということを選択したことは何回もある。


「技術は手段」と言わなくてはいけないタイミングのことを考えてみてほしい。

1つは技術力のあると自認している人がやってきて、現場の問題解決をしようとしているとき。ちょっと現場理解が甘く、明らかにオーバーキルな技術を適用しようとして逆にコストをかけてしまうシーン。また、やたら時間をかけたりこだわりすぎたりして、全体の見通しが悪くなってしまうシーン。 そのような振る舞いをした技術者に対して、先輩技術者が「技術は手段だからね」なんてたしなめていく様子。うーん、言われる側で心当たりがある。

もう1つはエンジニアリングを諦めちゃった人の言葉。π型人材とか言葉はいいんだけれど、片手落ちになってしまってる人が自己弁護のために言う場合。そういうキャリアの取り方をすること自体は個人の選択だからいいと思うけれど、巻き込んで他の人を腐すようになってしまってたりすると最悪だ。 技術力に限界があるからとマネージャになってしまったけれど、そのマネジメント能力も他の人と劣ってたりとかして、その上「技術は手段だから」と言いはじめる。うーん厳しい。 好意的に見ると、新しく知ったエンジニアリングではない方の知識が面白すぎて、片方がおざなりになってしまった言い訳、みたいなところもあるのかもなと思っている。 ただ、私の知っているどちらもできる人は、責任を持たなければならない人たちの前で少なくともそんなことは言わないよ、と思う。

結局のところ、このような発言をしなくてはならない状況に追い込まれていることが問題なのだろうと思う。 オーバーキルの人に「技術は手段だから」とたしなめることも、技術諦めパーソンが「技術は手段だから」と自己弁護することも、周囲との期待値調整にミスっているのではと感じるようになった。このような発言をしなければならないこと自体がもうなにか間違っていると感じる。

実際に「技術は手段だから」と言いたくなるシーンはあるのだろうと思うけれど、別の言葉を使ったほうが真意が伝わるのではないか。

我々の世界は技術的なものを面白がるという情熱やこだわりを、原動力に変えている側面はあろうと思うので、あえて水をかける必要はないんじゃないのと思う。