ふんわり放牧

個人の日記です

社でやってたイベントに参加した

概要

社でやってた勉強会的イベントに参加した. 社内であったことは基本的に書かないことにしているけれど, いろいろと思うところがあったので書いておく. 当然ながら以下の文章は個人の意見であり,組織を代表するものではなく,責任は私にある.

本社の改善的なアクティビティを主務にしている部署が主催で, 外部の講演者を呼んで講演やパネルディスカッションをした. マウンテンビューの方や松江の方,二子玉川の方,あとは西新宿の方などがいらしていたし, 会社からもLinuxやOpenStack関係の開発者やマネージャが発表していた.

会社の人,会社自体は大きい会社だけれど,目立つ人は目立つというか, 有名な人は有名だな(Twitterにおけるフォロワー数が多いとかそういう指標はないのだけれど)ということを思う.

当日の内容

テーマはオープンソースソフトウェア (OSS)で,「それ,何回目の話やねん」「今更遅すぎるのでは?」ということを思うわけだが, 社の抱える問題として,製品・サービス開発にOSSを利用し,サービスとして提供できている部署や人たちがいる反面, OSSに否定的ではないにしても,どう関わればいいのかわからない開発者が多いという問題がある. Web業界の人が聞くと驚くだろうが, これは別に弊社に限った問題ではなく,同じ業界の友人からも聞く話題で, こういうふうな社内外での勉強会を開催したり, いくつかのOSSコミュニティは,コントリビューションに関する手ほどきの会を提供しているのだろう.

松江の人の基調講演的なものは,どこの発表よりもプリミティブなものだったし, パネルディスカッションもなかなか面白かったと思う.

いくつか思ったこと

話をややこしくさせていると感じたことの一つに, 「OSSの問題」と言い切るのは簡単なのだけれど,実はOSSの問題ではない問題もあると思っている. 今回もそもそもの主題や問題提起がふわっとしていたこともあって, 登壇者(パネルディスカッションのファシリテーターも含む)は非常に苦労したのだろうなと思う. もっとも,組織や人間の抱える問題は単純ではないと私は考えており, その問題について,きちんと考える時間や発表する責任を持っていない人が,いきなり表現できることではないと思っている.

講演者の誰かが言ってた「好きなことをやろう」「仲間を集めよう」的なのは,最近非常に思うところで, 言語を作るときや巨大なOSSに取り組むときにどうやって(ゆるやか・組織の壁を超えた)にチームができていったかというのは, 面白かった.

勉強会に対してアグレッシブな人たちについて「こういう場に集まる人達」という言葉を言う人がいるけれど, たまに面白げな会に集まる人たちと,何があっても絶対来ない人がいる気がしていて. 私も学生時代から,忙しくなるとミーティングやTalkに行かなくなる傾向がある.

「直接的に良いことがないと,勉強会に行かなくなる現象」は短期的には仕事が進んで良いが, 長期的には自分にマイナスになる不安がある. 勉強会,「友達に会いに行く」というところに焦点を当てると「行きたくねぇなぁ」みたいな気持ちは晴れるのだろうか.

とある,社の人は「会社の枠組みに乗ってしまうと,面白くなくなるので,枠組みがないところで遊ぶのがよい」と言っていて, いろいろな考え方があるなと思ったことを思い出す.

講演者の都合上,英語発表やディスカッションもあったのだけれど, どうも日本語話者の発表はテンポが悪い感じが否めなくて, 言語の問題もあるし,お作法の問題もあるなということを思った.

しかし,英語話者が英語を使ってディスカッションをしていても, お互いのバックグラウンドの探り合いをしていたり,当たり前のことを話し合うシーンもあるので, 人間が発話において交換できる情報量というのは,限界があるのではないかなと思ったりもする.

おわりに

なかなか面白みのあるイベントだったのだが,自分自身がどう関わればいいかわからないところもあった. この話を社内に投稿しても良かったけれど,別に問題がある話はないし,ここに書いておく.

こういうのは,何も言わずに帰るのが最悪で, 一応質問をして場には貢献したつもりになっているけれど, コミュニケーションを自分から起こす気にならず. どうしても講演者と聴講者みたいな感じになってしまうのが残念.

あの会場,椅子が悪いのはなんとかならんもんかな.